声かけで「脅迫」の近大助教授に無罪 奈良地裁


http://www.asahi.com/national/update/1005/OSK200610050026.html

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奈良市の路上ですれ違った母子に「誘拐するぞ」と声をかけて脅したとして、脅迫罪に問われた奈良市二名町、近畿大助教授入川松博被告(56)=休職中=の判決公判が5日、奈良地裁であった。松井修裁判官は「母親の供述の信用性に疑問を持たざるを得ない」などとして、無罪(求刑罰金20万円)を言い渡した。

 弁護側は、「子どもと離れて歩いていた母親に『手を離さない、目を離さない』と注意しただけだ」と、公判で一貫して反論し、無罪を主張していた。

 起訴状などによると、入川さんは05年7月1日午後1時50分ごろ、奈良市富雄北1丁目の歩道で、当時2歳の長男を連れて帰宅途中だった母親に対し、すれ違いざまに「誘拐するぞ」などと言って脅したとされた。

 判決は、まず「15メートルから18メートルの距離で被告がにやにやして近づいてきて、恐怖感を持った」などとする母親の証言について検討。

 その距離で入川さんの顔の表情まで判別できたか疑わしいことや、母親が当時かぶっていた入川さんの帽子を覚えていなかったことなどを挙げ、「母親の知覚の正確性、客観性に大きな疑問がある」とした。

 また、すれ違う前から恐怖心を持っていたのに入川さんの言葉を正確に覚えていたとは考えにくく、「(04年11月に現場近くで発生した)小1女児誘拐殺害事件が社会に大きな影響を与えたので、先入観で聞き間違えたとの疑いが生じる」と断じた。

 また、入川さんの自白の任意性については認めた上で、「軽微な事案のため自白をすれば、起訴を免れるのではないかとの動機から虚偽の供述をした可能性がある」とした。入川さんは取り調べ段階で容疑を認めたが、公判で否認に転じていた。

 入川さんは110番通報を受け、奈良西署に脅迫容疑で逮捕された。その後釈放され、奈良地検書類送検された。同地検が在宅起訴したのは今年2月20日で、事件から約8カ月後だった。慎重に補充捜査したうえで、立証は可能と判断して起訴に踏み切ったという。

 弁護側は、奈良県警が作成した入川さんの自白調書について、母親の供述に沿った自白を強いたとして、その信用性に疑問を投げかけていた。

 奈良地検の西浦久子次席検事は「意外な判決で驚いている。上級庁と協議の上、控訴については検討する」とのコメントを出した

 争点が、被告人の供述と被害者の供述のどちらを信用するかであり、供述一つで事実認定が大きく左右される典型的な事例の一つといえるでしょう。手続法的にみても、このような「被告人と被害者の供述のぶつかり合い」における適正な事実認定のあり方は再度検討される必要があると思います。 この点、本判決は、当時の客観的状況から両者の供述を分析的に検討したものであり、適切なものであったのではないでしょうか。
 また、この事例では、実体法的な面も問題になっているといえるでしょう。近年、強調されている犯罪傾向として幼児に対する犯罪がありますが、あまりにナーバスになりすぎ、人間的なコミュニケーションさえも制限されているように思われます。これでは、「通りすがりに声をかけること」も、相手の受け止め方次第では処罰されると言うことにもなりかねません。
 確かに、幼児を対象とした犯罪は、許されるべきものではなく、また予防される必要もありますが、あまりに「犯罪の始まりを食い止めろ」という標語が強調されることにより、一般かつ人間的な生活も制限されようとしていう点には注意を払う必要があると思います。]]