治安は回復?悪化? 犯罪白書と学者が論争

http://www.asahi.com/national/update/1107/TKY200611070368.html

日本の治安は回復に向かっているのかを巡って論争が起きている。法務省は7日、06年版犯罪白書を公表。白書は犯罪認知件数の減少など指標面での好転を認めつつ、なお「治安は改善したとはいえない」と逡巡(しゅんじゅん)する。一方「そもそも治安悪化そのものが幻想だ」との見方も有力で、「治安」の概念自体が揺らぎ始めたと言えそうだ。

 白書によると、交通関係を除く「一般刑法犯」の認知件数は96年以降、毎年「戦後最多」を更新。「日本の安全神話の崩壊」の象徴として使われてきた。ところが失業率と軌を一にして、02年にピークを迎えた後、03年から3年連続で改善。05年は226万9572件と前年より11.4%減った。検挙率も28.6%と4年連続で改善した。

 「専ら窃盗の減少によるもの。ほかの犯罪は必ずしも減ったとはいえず、景気のように回復宣言は出せない」と説くのは同省法務総合研究所の小栗健一総括研究官だ。

 一般刑法犯の76%を占める窃盗は前年比12.9%減。件数で25万6502件減り、全体の数字の減少を牽引(けんいん)している。

 「治安悪化の指摘で地域の防犯活動など治安意識が高まり、監視カメラが普及した」。結果、窃盗のような「人の目に見えやすい犯罪」が減ったという。「いくら数字が改善しても、凶悪犯罪が次々と起きる中、国民の『体感治安』が改善したといえるでしょうか」

 治安は良くなったのか、悪くなったのか、足踏みをしているのか。

 「その、どれにも当てはまらないですね」

 小栗研究官は少し間を置いて、答えた。

 「そもそも悪化しているのは体感治安であって、客観的な犯罪情勢ではない。これまでの白書のデータでも明らかだ」と話すのは龍谷大の浜井浩一教授(犯罪学)。03年まで法務省勤務。白書を執筆したこともある。

 例えば、外国人犯罪。白書は「手荒で組織的な犯罪の増加は国民の警戒心や不安を急速に高めている」と指摘。一般刑法犯の検挙は02年以降増え続け、05年は4万3622件と過去最多だった。

 だが、総検挙人員に占める外国人は3.8%。「外国人すべてを日本から追い出したと仮定しても、どの程度犯罪が減るでしょう」と浜井教授。

 警察が事件を把握した「認知件数」の多少で論じることへの疑問もある。05年まで東京都治安対策担当部長だった久保大(ひろし)さんは「何を取り締まるべきかという市民と警察の意識によって表面化する数字は左右される」と話す。警察庁は99〜00年、ストーカーや夫の暴力など「民事不介入」が原則だった分野に積極対応するよう通達。「届け出のハードルが低くなった。社会の不寛容の態度も影響しているだろう」

 法務省は、逆の方向に目を凝らす。「認知件数の裏には、被害者が届け出をしないまま表に出ない『暗数』がある。本当の治安を考える上では暗数の分析も必要になる」

 成城大の川上善郎(よしろう)教授(社会心理学)は次のように分析する。

 行政の不審者情報の通知サービスや銀行の指認証システムなどを見聞きする市民は「治安対策が盛んなのは、治安が悪いからだ」と不安になる。その不安感をすくい上げた行政が――。「そういったループがものすごい勢いで進んでいる」

 朝日新聞より。 http://d.hatena.ne.jp/grafvonzeppelin/20061111およびそこで挙げられている文献も非常に勉強になります。
 前回の記事と関連して、非常に興味深い記事だといえます。浜井教授や久保氏の指摘、さらに川上教授の指摘は重要でしょう。
 認知件数と検挙率との関係、そしてそれらの数字と「治安」そして「体感治安」の関係については、再度整理して市民に伝えられるべきであるといえるでしょう。
 検挙率は、「検挙数/認知件数×100」で出されるわけですから、必然的に母数である認知件数に左右されます。そしてその認知件数は、久保氏が指摘されるように、「何を取り締まるべきかという市民と警察の意識によって表面化する数字は左右される」わけです。ということは、検挙率とは…、浜井教授が指摘されるように、客観的犯罪情勢ではないということになるでしょう。警察が、「体感治安」を作り上げている実情があるといっても過言ではないように思います。
 この点、川上教授の指摘をあわせると、警察を含めた行政が「不安感」を作り出し、それをすくい上げる形でまた行政が対応するという構図がわが国には存在すると指摘できそうです。この「市民的治安主義」の存在は、かつてから指摘されていましたが、現在も妥当するといえるでしょう。
 予防されるべき「犯罪情勢」の実情を把握することなしには、刑罰の有効性も検証できません。このような現状を国家が作り上げているのに、「犯罪防止」「世界一安全な国の復活」を旗印として過度に刑罰に頼ろうとする姿勢には、大きな疑問があります。